【興誠館の道しるべ③】名をつける
人は、名前をつける。
生まれてきた子どもに。
強くあってほしい。
優しい人になってほしい。
人を大切にする人になってほしい。
名前をつけることで、願いや思いを込める。
けれど、人が名前をつけるのは、願いを込めるときだけではない。
旧約聖書の『創世記』には、人が生き物に名前をつける場面がある。
神が生き物を人のもとへ連れてきた。
そして、その人が何と呼ぶかを見ようとした。
すでにあるものに名前をつける。
それが、その生き物の名前になった。
鎌倉の円覚寺管長、横田南嶺老師は「金剛経」の一節をこう解釈されている。
「世界は世界に非ず、是れを世界と名づく」
世界というものが、はじめから「世界」という名を持っていたわけではない。
私たちは、目の前にあるものを見つめ、名前をつける。
「これは何なのか」
そうして一つずつ、呼び分けていく。
どんな姿をしているのか。
どんな時間を重ねてきたのか。
そこに何があるのか。
名前をつける。
それは願いを込めることだけではない。
すでにあるものを見つめ、その姿を知ることでもある。
そこにあるものを見定めた先に、その名がある。

参考サイト
空とはどういうことなのか 円覚寺HPより

