https://www.nikkansports.com/sports/news/202112110000042.html

 

世界空手連盟の事務総長が、次回のパリ、その次のロサンゼルスと、オリンピック競技から空手が外れていることに不快感を示しました。

私にとっても胸の痛い話でした。
私が知る限り、空手連盟は東京オリンピックよりずっと前から空手競技の採用を働きかけ続けています。
その並々ならぬ苦労や努力、貢献された方々の汗と涙を思うと、競技から外れたことに対する無念は、察するに余りあります。

他方、ニュースサイトの口コミを読んでみても、東京オリンピックの空手が、競技として面白かったか疑問に思う声が多数でした。

解説しますと、空手の競技種目は「組手」と「型」が代表的と言えると思います。

一言でいうと、ルールや価値観の統一が、空手業界の中でもまったく進んでいない問題が大きいでしょう。
流派や門派によってルールや価値観が異なり、、ひどい場合は同じ流派でも支部や指導者によって異なるので、組手や型の統一が非常に困難です。

例えば、正拳突きを例にあげてみます。
突く際に、「えい!やあ!」と声を出すのか、「シュッ!シュッ!」と息を切るのか、特に何もしないのか。
単純にこれだけで、既に3通りの考え方があります。
次に、突いた瞬間に肘を伸ばすのか、曲げるのか、その曲げ具合いはどのくらいなのか・・・で、数通り。
突く際に、拳をどのようにひねるか、どこまでひねるか、どのタイミングでひねるか・・・。
突く前に、帯に沿わせて収めるか、脇に収めるか、胸元でいいのか・・・
突く目標を「中段」だとして、中段とはどの高さのことを定義しているのか・・・

いかがでしょうか。これだけで既に、うんざりするほど多くの考え方や価値観が生まれます。
考えて異なるのはまだマシなほうで、本人も知らない間に異なることも多くあります。

例えば、指導者は中段を「肩の高さ」と熱心に教えても、練習生の「クセ」で中段突きが本人も意図せずに「ついつい下がり気味」になる場合。
その練習生を見た後輩は、中段とは肩より低い場所だと認識して真似をするでしょう。
その練習生が将来的に教えた弟子たちは、皆、中段は肩より低い位置と認識するでしょう。
こうしてまた1つ、同じ流派の中で違う動きをする支部が誕生します。

これが大会で型の試合をすると、勝敗の基準の統一が難しいのも当然です。

残念ながら東京オリンピックで日本が金メダルをとった型でさえ、フィギュアスケートのような、「見ている人の納得感」を得られたわけではないようです。これでは全世界で一緒に競技を・・・というのも、難しいのは仕方ありません。

宗教もそうですが、空手にも多数の流派や門派があり、それぞれお互いに相手を尊重しあうことで成立しています。
基本に戻って、武道というものは、世界中で優劣をつけることに価値があるのではなく、自分の中でどんどん成長していくことに価値があると思い直すほうが、やっている方も心穏やかでいられるのかもしれません。